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2019

『尽力』生島拓朗

第1戦vs武蔵大学まであと5日。

4年生のブログ第4回はLSM#25生島拓朗です。

最後までぜひご覧ください。

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少し、昔の話をしよう。



もう4年も前になる。1度目は、センター試験を目前にした予備校の授業中、なんの前触れもなくその時は訪れた。

突然、肩に強い痛みを覚え、その場に座っていることすらできなかった。


「シゼンキキョウ」という、名前も知らない病気だった。


肺に穴が空く病気で、しかもそこから抜けた空気は肺に戻らずに肩のあたりに溜まるので、肩に痛みが出ていたとのこと。

この病気の厄介なことは、50〜60%と言われる再発率の高さで、放っておくと何回も繰り返す可能性が高いということだった。

案の定、ある時は焼肉を食べた後、またある時は気づかぬうちに、またある時は早朝の井の頭線の車内で、何度も再発した。

その度に、一時的に運動ができなくなるし、スポーツをやる時も、再発の可能性に怯えることになった。


健康に恵まれ、小中高と12年間皆勤を続けてきた自分にとって、病気はどこか他人事のように感じていた。
その落差も助けて、この経験は「やりたいことが突然できなくなる怖さ」を知るには十分なものだった。




その後、再発率を下げるために手術をしたが、この一連の経験から、

「何が起こるか分からないから、その時その時に全力を尽くす。」

という思考が強く根付いた。



3年半の時が経ち、「自然気胸」というのが耳馴染みのある、そしてもはや過去のものになろうとしていた頃、新チームが始まった。


個人的に調子が良かったのもあり、スタートは良好。チーム内の評価でも上位となり、努力がやっと報われたと、、、
そう思っていたのも束の間、シーズンを追うごとに、伸び代のある下級生に徐々に追い付かれていく。
しかもここは体育会、実力のある者には発言力も伴う。逆に、自分の影響力が低下していくのを肌で感じ、虚しくなった。


そしていつの日か、あの頃の感情を忘れ、全力を尽くせなくなり、もう選手をやめて、コーチなりスタッフなりに転向しようかと、諦めかけていた。


しかし、この時期に、自分にとって大きな出来事が起きた。


同期の元*の育成コーチ転向である。

(* 4年副将.育成コーチ 後藤元。予備校時代生島と同じクラスで、彼がSERPENTSに入部したキッカケとなった人の1人である。)



その旨をチームメイトに伝えた彼の言葉は、心に刺さった。
普段から自信を持っていそうに見えた彼も、そんなことを考えていたのかと。



勝手に自分の状況に重ね合わせ、ハッとさせられた。


「本当はもっとやりたかった」と伝えた彼の想いに、心が震えた。


今一度、「出来ることを出来るうちに全力」という自分の原動力を確認することとなった。


リーグ戦を目前に控え、このことを再確認出来たことは大きい。


4年にして初めてのリーグ戦だが、思い通りにいかないことなどたくさん起こるだろう。


初心に返って、自分にできることに全力を尽くす。



4年 LSM #25 生島拓朗



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