彼女と深夜に壁当てをしている男、文君から回ってきました。彼の家は第二の実家です。
せっかくの機会なのでラクロスについてもう一度考えてみた。僕と同じ失敗をしないでほしいと思って僕の失敗について書こうと思う。
赤津君が書いていたが、入部のきっかけは僕も彼と似たようなもので、先輩にシュートが速いと褒められて嬉しかったという、ただそれだけのことが大きかった。この代の育成方針がシュートに特化していたこともあって、一年の時はそれなりにやれていた、と思う。
でも、その「それなりにやれていた」というのがよくなかった。
1on1やクロスワークが苦手だったり、体が細かったり、ダメなところは死ぬほどあったのに、「それなりにやれていた」から「それなり」の努力しかしなかった。
結果的に新人戦は両方とも負けた。
めちゃめちゃ悔しかった。
めちゃめちゃ悔しかったのは本当だし、その当時はクロスワークに向き合わなきゃなとか、増量しなきゃなとか、課題と向き合っていた。
でも心のどこかで「自分は出れていたし、惜しいシュートも打ててたし」とまだ、安心していたんだと思う。このままいけばリーグ戦で活躍できると楽観的に考えているうちにその悔しさも忘れてしまった。
3日前のブログを書いていた赤津君だったり、内田君だったり、このウィンターの悔しさをバネにしてものすごい努力をしてものすごく上手くなった奴はいた。そうあるべきなんだろうし、そうならないとあの負けは、なんの意味もないんだろうなと思う。
でも、自分はウィンターの悔しさをバネにはできなかった。
その結果として、自分は去年のBリーグで主力にはなれなかった。
リーグ戦の1ヶ月くらい前までは評価的にも悪くなくてリーグ戦で主力で戦えるだろうと思っていた。そこからの1ヶ月後の評価はMFで一番低かった。
正直に言うと、勝ち進んで、3位と言う結果を収めて、みんなが楽しんでいたあのBリーグの期間が、自分は苦しくて苦しくて仕方なかった。
ラクロスが怖くなってミスを恐れて、練習の6on6に入ることから逃げて、自分から出番を少なくしていった。
同期の翼や赤津が結果を出しているのを見て、素直に喜べなかった。3位になったのも本当に他人事で、自分が応援していたチームが結果を出したみたいな気分だった。
自信を失って本当に苦しかったBリーグ。でも、今思うとこれがあってよかったと思う。Bリーグがあったからこそ、やっと自分の弱みと本当に向き合えるようになったと思うし、ただひたすら今年リーグ戦に出ることだけを考えて練習できるようになった。
「99」
自分が背負っている背番号だ。
自分が2代前までしか知らないだけなのだが、勝手に3代目だと思っている。
臥雲さん、あつしさん、俺。
「3代目のジンクス」と言われても仕方ない。"今のところは"
でもせっかく受け継いだ欲しかった憧れてきた番号だからには汚したくないなと思うし、汚してはいけないなと思う。
「99」を輝かしい伝統の番号として後輩に引き継げるように、、
今年のリーグ戦乞うご期待。
次は我らがOFリーダーの城澤さんです。
優しくて頼りがいのある我らのリーダーです。
(褒めたら評価上がらないかなぁ、、)
3年 #99 曽我好助