おっくんからバトンを受け取りました。
彼は2年からリーグ戦に出てきた数少ない仲間の一人です。4年間を通して数々の1v1をしてきましたが、勝ったり負けたり、勝率は五分五分くらいです。ただ、最後のリーグ戦期間はボコボコにされた記憶しかありません。止められるたびにDF陣に煽られ、腹立たしかったです。
そういえば、初デートをおっくんに見つかり、速攻で部内に広められたこともありましたね。
彼は間違いなく僕の宿敵です。
今シーズン、おっくんには助けられてばかりでした。ここぞという時に、チームを鼓舞し、引っ張っている姿はとても逞しかったです。
はじめに、平素より一橋大学男子ラクロス部SERPENTSを応援してくださりありがとうございます。今シーズンは本当に皆さんに助けられました。全く結果を残せない中でも、毎度毎度埋まる応援席に勇気を貰っていました。来年度以降も変わらぬご支援・ご声援の程、何卒よろしくお願い申し上げます。
25シーズンにて主将を務めました町田颯太です。
季節も急激に変化し、日に日に寒さが増していますが、いかがお過ごしですか。
私は、インフルエンザに罹り、40度近い高熱にうなされ寝込んでいました。引退が決まってから早々にジムを解約し、1ヶ月間全く運動せずに過ごしたために、免疫力が大幅に低下していたのかもしれません。本当に情けないです。
折角みんなが繋げてくれた毎日投稿をアンカーの私が途切らせてしまい、広報ユニットにも迷惑をかけ、申し訳ない気持ちでいっぱいです。
塚本も言ってたけど、負けたチームのブログなんて多分そんなに有意義じゃないです。結果残せてないんだから。そりゃそうです。
アンカーの僕が今ここでこんなこと言ってもしょうがないかもしれないけど、ブログを読むときは注意してください。(後輩たち向けに)
僕も含め、自分を正当化し、なんか上手くいってた感を出します。
それを鵜呑みにしてはいけません。結果が出ていないことを前提に読んでください。
サーペンツは代々関東一部リーグに所属し、日本一を目標に掲げています。
しかし、日本一を実際に取ったのは2009年の一度だけで、それ以降は日本一からは遠ざかっています。
2025年現在、一橋大学男子ラクロス部ってどれくらいの強さなの?と聞かれたら、一部中堅と答えるのが妥当でしょう。
今年もそんな結果になってしまいました。
final4に進んだらすごい一橋とfinal4で負けたら大失敗とされる慶應。
この文化の違いが組織としての大きな違いだと思います。
後輩のみんなにはそんな現状を打開してほしいです。そのために、まずは僕らを全力で否定してください。(ちょっと尖った思想だと思われるかもしれないけど)
final4に行ったらすごい、という文化をぶち壊してください。
確かに24サーペンツは強かった。それでも、日本一を取れていないことを自覚し、否定し、前に進んでいってください。
過去のサーペンツを正解とせず、自分たちの新たな道を進んでください。
シーズンを終えたいちプレイヤーからの後輩へのメッセージです。
長々とした前置きとなってしまいました。
本当にたくさんの時間をもらいブログの執筆に取りかかりましたが、言いたいことをうまくまとめられませんでした。ほぼ箇条書きみたいになってしまい、読みづらい文章かもしれませんが、最後まで読んでいただけると幸いです。
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○4年間の振り返り
国立生まれ国立育ちの僕は幼い時から、長い棒を持って歩く、あのウィンドブレーカーを着たお兄ちゃんたちを認知していた。同じ服を着ているのに、別々の号車で電車を待つお兄ちゃんたちを駅で見かけ、仲悪いのかな、なんて幼心ながら思ったのを覚えている。
-1年生-
3日間の上智大学生時代を経て、一橋に合格した僕は、早い段階から、ラクロスをやるか遊んで過ごすかの二択に絞っていた。幼い頃から一橋=ラクロスというイメージだった僕は、他の体育会のことは頭の片隅にもなく、体育会ならラクロスだった。
この話は誰にもしたことないけど、入学前から寧と2人で、慶應女ラクの高校同期にラクロスを教えてもらったこともあったな。新歓でチヤホヤされたくて。可愛いですね。
そんなこんなで、ラクロス部に入部したわけだが、初めから(1ヶ月に5回遅刻して干されかけたこと以外は)すべてがうまくいっていた。
Cコーチや翼さんのおかげでどんどん成長し、早々にBチームに入れてもらい、6月にはBの試合で得点。自分はスターなんだと本気で錯覚してた。
その後も、サマーで千葉大相手に一点も取れず負けたり、内田さんにボコボコにされグラウンドで泣いたりとそれなりの挫折経験を味わいながらも、関東ユースに選ばれ、ウィンターでは準優勝、個人としては優秀選手賞、文句のつけようがない1年間だった。
-2年生-
「上級生を脅かし続けたい」
シーズン初めの主将面談で掲げた年間目標だ。
そう宣言したからには、何がなんでもAチームに入りたくて、ウィンターが終わるとオフ返上で上級生練に参加した。最下層Aチーマーといじられていたクリが想像の100倍うまくて、これに勝たないと試合出られないのかぁって絶望したのを覚えている。
オフ返上の甲斐あり、合同練後からすぐにAチーム帯同が決まったが、評価はAT6枚目。今思えば、典型的な2年生枠だったが、当時の自分は2年Aチーマーというポジションに浮かれ、明らかに調子に乗っていた。
そんな中で参加したつま恋。これが僕のラクロス人生の大きな転機である。
予選は大量得点で、周りが全員点を取る中、僕は一点も取れず。さらに、アップ中に歯を磨くという奇行。
当たり前に幹部に怒られ、当たり前にそのままB落ちが決定。当然すぎる結果である。
その時初めて、“2年Aチーマーという立場“に満足していた自分に気がつき、恥ずかしさ、情けなさ、色んな感情に襲われ泣いた。
一瞬、ほんの一瞬だけ、もういいや、本気でラクロスやるのやめよ、という感情がよぎったのも覚えている。
でも、航大(当時のSC)から、「腐るなよ、腐ったら終わりだぞ、まあお前のことは心配してないから、ちゃんと這い上がってこいよ」的なことを超遠回しに言っているLINEが送られてきて、自分が期待され、その期待を裏切っていたことに申し訳なく思い泣き、同時に、まだ期待してもらえていることが嬉しく泣いた。とにかく、ぐちゃぐちゃな感情の中でめっちゃ泣いた。
航大の期待を超えたい。本気でそう思った。
死ぬ気で練習に励み、1週間という超最短期間でAチームに戻ってからは、どうやって上手くなるかを考えた。
考えに考えた結果、航大と対等になる、という結論に至る。別にタメ口を使うとか、呼び捨てにするとか、そういうことではなく、メンタルの話。実力がなくてもリーダーと同じ目線に立てば、後々実力がついてくるのではないか。それだけ。
実際に、めちゃめちゃミーティングで喋るようにした。戦術とかよくわかんないけど、自分の考えは全部伝えるようにしてたし、積極的に議論しまくった。グラウンド内でも、とにかく喋った。自分よりうまい人たちに、一丁前にアドバイスみたいなこと言ってみたり、航大の簡単なミスを誰よりも大きな声で煽ってみたり。
自分がリーダーなんだ、くらいに気持ちを大きく持って、毎日練習した。
そんな事を続けてるうちに、段々試合に出られるようになり、5月くらいからは1stセットに入っていた。
そんなこんなで、リーグ戦を終え、新人王、全国オールスターなど、夢にも思わなかった賞もいただき、結果的には上出来なシーズンだったと思う。
-3年生-
「オフェンスリーダーやらない?」森ちゃんからの打診。
最初は少し迷ったけど、森ちゃんに期待されているのが嬉しくて承諾した。
1年間幹部としてシーズンを走り、本当に色々な経験をさせてもらった。
この一年で特に難しかったことは2つある。
一つは、評価を決めること。
4年生との仲は、敬語という概念がないくらいには良く、なんでも言い合える関係だったと思う。それでも、自分が4年生を評価することはしんどかった。彼らをメンバーから外すことは、その4年間を(全部ではなくとも少なくとも一部は)否定することになる。それでも、チームの未来を考えたときには、メンバーからはずさなければいけないこともある。勝負の世界では当たり前の摂理ではあるが、その苦しさは異常なほどに大きかった。
二つ目は、個人と組織の2軸を考えなければいけないこと。特に難しかった。
森喜洋という圧倒的エースと能力値激尖りのスコアラーたちに囲まれ、好き勝手に暴れまくる彼らの良さを消さずに、チームの最大火力を出すには、自分がバランサーになるしかなかった。(と当時は思っていた)
自分が仕掛け役になり、うまくボールを散らして、最後は彼らが決めてくれる。それでいいと思ってたし、この司令塔的立ち位置に居心地の良さを感じていた。
点を決めなさすぎて大空に煽られ続けたが、これでいいんだよ、なんて適当に流していた。
今思えば、この思考は逃げだったように思う。
心のどこかで森ちゃんを超えることを諦め、リーダーであることをいいことに、チームの成績に心の安寧を得ていた。
チームが良ければそれでいい。そんな思考に逃げていた。
そんな時、司令塔という立ち位置に逃げ場を作っていた自分に、エースの役目が回ってきた。そう、“森が跳んだ”。
OFリーダーとして森ロストの痛手に頭を抱えながらも、個人としては、自分が決めなければ勝てない状況に燃えていた。
エースとして自分が勝たせようと意気込んだfinal4。
結果は1−3で敗北。あまりの力不足に絶望した。
個人の成長に目を瞑り1年間過ごしてきたんだから、当然の結果である。
自分の力不足で大好きな4年生を引退させてしまった申し訳なさに涙が止まらなかった。
ブリオベッカやfinal4など素晴らしい景色を見ることができた一方で、個人の成長から逃げた後悔を感じながらシーズンを終えることになった。
-4年生-
final4に敗退してから、すぐに自分の代がはじまる。
代替わりしたという実感が湧かないまま、ただ目の前の課題に向き合っていく日々でも、確かにチームを動かしている感覚があった。
幹部陣と毎日のようにミーティングをし、優大さんや丸尾さんの力を借りながら、チームのあれこれを考える作業は、25serpentsの未来を期待に包み込むものだった。
そんな幻想は簡単に打ち砕かれるのだが。
冬は練習試合に全く勝てず、つま恋では塚本が大怪我。日体にボコボコにされ、流石にくらった。
最強決定戦でも、日体・明学にボコされた。
試合が終わって涙を流す康太を見て、2年生に大きなものを背負わせてしまったと、"総戦力"というテーマが正しいのか疑い、方針を見失いかけた。
誰の目を見ても輝きのない、そんな時期だった気がする。
転機が訪れたのは、獨協戦。
全勝中の獨協に勝った時は本当に嬉しかった。
涙が出るほど嬉しかったが、ここで泣いたらチームの限界が決まってしまうと必死に涙を堪えた。
そんな僕の横で泣くDF陣。こいつら、こんなもんかよ、なんてショックを受けかけたけど、よく見ると悔し涙だった。
このチームはまだまだ強くなれる、25serpentsの未来に希望を見出し心が躍った。
中央・横国と連勝を重ね、final進出は出来なかったものの、あの冬の地獄に比べれば明らかにチームは勢いに乗っていた。
そんな中で迎えた商東戦。惨敗。
帰りの集合では毅然に振る舞おうと努力はしたが、涙が溢れてきた。
何かを変えよう。そう伝えることしかできず、その何かは自分でも分からず、一歩ずつしか進めないのも分かっているのに、一歩ずつじゃ遅すぎることも分かっていた。
結局自分の中では何もまとまらず、一歩ずつ進んでいくしかないんだと自分を納得させた。
その一歩ずつが身を結んだのか、関西遠征あたりからチームは勝ちを重ね始めた。
リーグ戦日程も決まり、法政倒すぞ!ってみんなで意気込んで、この時期はすごい楽しかった。
人が変わったかのように声を出し始めた富田を筆頭に、チームは確実に勢いを持ってた。
開幕戦、4-5。敗北。
誰もが勝ちを疑わず、万全と言っても過言ではない状態だった。そう思ってる。
それでも及ばなかった。その理由を、"個人技"と簡単な言葉で解決しそうになるが、多分違う。
もっと何か決定的に足りなかったものがある。それは今でも分からない。
流石にショックはデカかった。個人としてもチームとしても。
チームを建て直さなければいけない、けれど、1週間後に控える立教戦、その2週間後には慶應戦。
あまりにも時間がなかった。
あれよあれよという間に、0勝2敗1分。
日本一という目標を失った僕らは、ラクロスをする理由を見失い、僕は主将である理由を失った。
幸か不幸か、3日後に迫る夏合宿。
落ち込む暇なんてなくて、責任だけが僕の体を動かしていた。
なんとなくで始まる夏合宿にしてはいけないと、チームを建て直さなければいけないと、4年生を部室に集め、話し合った。
日本一になれない以上、4年生がこの部にいる意味は無いと伝えた。さっさと後輩にチームを明け渡した方が未来に繋がるはずだと。
それでも、4年生全員がこのチームの為に、未来のサーペンツのために走り切ると覚悟を決め、合宿に臨んだ。
そんなこんなで迎えた、日体戦。負ければ入れ替え戦確定のリーグ最終戦。
6-4。やっとの思いで掴んだ初勝利。
本当に嬉しかった。たかが一勝。されど一勝。
なぜ勝てたのかは正直分からない。
一歩ずつ、日本一にはあまりにも遅すぎるペースだったが、その進歩が身を結んだのかもしれない。
日本一には到底及ばぬ結果だったが、
それでも、控え室でのみんなの顔はほんとうに楽しそうで、試合が終わっても残って一緒に喜んでくれるOBOG・保護者・観客の方々がいて、幸せな時間だった。
これが日本一を獲った瞬間だったら、どんなに嬉しかったことか。
引退してからよく、先輩や同期に
「町田はよく頑張ったよ」と、
労いなのかよくわからない言葉をかけられる。
違う。
毎回そう言いたくなる。
俺だけが頑張っているように見えてしまっているのなら、それは全くもって違うし、自分の力不足を感じて申し訳なく感じる。
なんで分かってくれないのか、なんで変わってくれないのか、同じ視座を持ってくれているのかよく分からないことも多く、同期には半分諦めのような感情を抱くことも確かにあった。
でも、みんなが必死に苦しんでもがいていたことも知っている。
表現することが苦手なだけで、話してみればすごく色々なことを考えている。
そんな皆んなの頑張りにもっと焦点を当ててあげたかった。
日本一とって、こんなすげーやつがいるんだよ!って、このチームすごいだろ!って、胸張って言いたかった。
勝てば全てが報われるスポーツの世界で、勝てなかったことへの責任は当然主将にあって、
みんなを輝かせてあげられなかったことへの悔しさは今でも消えない。
○学生スポーツというもの
「学生スポーツはメンタルゲーである。」
これは、私が4年間で気がついた持論である。
メンタルとひとえに言っても、単なる強心臓のことではない。
“メンタル=根拠のない自信“
この根拠のない自信を試合中に持てるか。これに勝敗がかかっている。
(実際にはそんなに簡単な話ではないとは思うが)
では、根拠のない自信はどこからくるのか。
主に成功体験である。
試合に勝つ。これが一番シンプル。
他にもある。例えば、ヘルメットを並べること。
ヘルメットを並べること自体には何の合理的理由はない。
が、それをチームのルールとして徹底することに意味がある。
“チームとしてこだわってきた、やりきった”という実績が自信に繋がるのだ。
新しいことをやってみる。これもアリかもしれない。
24SERPENTSはいい例で、常に何かしらの企画が動いていた。
その結果、「今年は違う」という、どこか謎めいた自信に繋がっていたかもなと今になって思う。
本当に何でもいい。答えはない。
とにかく、チームが同じ方向を向き、何かを成し遂げる。
この経験を増やせば増やすほど、チームとして“根拠のない自信”が積み上がっていく。
そして、その環境を作るのが幹部の役割であり、
その意図を汲み取り、全力で応えるのが部員の義務なのだと思う。
これは、個人の単位にも落とし込める。
自主練をするのは、確かに技術向上の意味が最も強いかもしれないが、"練習した"という事実が自信に繋がることもあると思う。
毎日ちょっとでも壁当てに行った、ストレッチした、筋トレした、そういった努力の積み重ねは、肉体だけでなく、精神にも大きなプラスを生み出す。
ゴミ拾いとかそういう行動も同じだ。
何でもいい。自分でやると決めたことをやり切れば、それは自信に繋がる。
このことにもっと早くに気づいていれば、今年の結果は少しでも変わったかもしれない。
チームが苦しい中、目の前の課題にいっぱいいっぱいになりながらも、少しは未来を見て、種を蒔くことができていたら、
その芽は咲いて、いい結果をもたらしてくれたかもしれない。
○メッセージ
3年生
君たちには本当に助けられました。4年生を不甲斐ないと思う瞬間もあったと思うけど、チームのために踏ん張ってくれた皆んながいたおかげで、今のサーペンツがあると思います。君たちならやってくれると心から思っているからこそ、来年のリーグ戦が楽しみでしょうがないです。
2年生
少数精鋭で個性の強いみんなが来年のキーになると思います。ともひろの言うことをちゃんと聞きながらも、のびのび楽しく真剣に一生懸命ラクロスに向き合ってください。最強の世代になれる素質はあるよ。
1年生
優しく個性の強いコーチのもとで伸び伸び成長していて、練習に行くたび驚かされます。君たちのウィンターは、25serpents最後の戦績となるので、必ず優勝してください。
TS (プレイヤーも読んで)
法政を応援しているときに、えーすけがすごくいいことを言っていました。
「TSっていつもこんな気持ちで試合見てるんだね。すげえわまじで。」
まじでその通りだなと。
自分ではどうすることもできない、信じることしかできない。そんな気持ちになることが多いいんだなと少しばかり気持ちを理解し、本当に尊敬しました。
TSは(ブログを読んでいる限り)、"業務"という側面が多くなりがちなんだと思います。仕事へのクオリティーを一定にするとか、そうゆうことを考えるのもめっちゃ大事なんだと思います。でも、本質を見失ってほしくないです。プレイヤーファーストであれ、とは言いません。ただ、日々の仕事をこなす中で、常にチームファーストであるかどうか、という視点を持ってください。代々継承されてきたルールや業務に縛られるのではなく、常に批判的にチームにとってのベストを考え続けてほしいです。
今まで伝える機会がなく、ちょっと説教じみた感じになっちゃいましたが、一橋のTSは本当にレベルが高いと思います。(他大の話とか聞いてると本当に感じます)
来年以降も素晴らしいTS組織であり続けてください。
そして、プレイヤーの皆さん。(こっちが本題ですね)
あの時、法政が少しでも気の抜けたことしてたら、僕らは本来全く関係ないはずなのに、めちゃめちゃ怒ってたよね?多分。(法政大学さん、ありがとうございます)
あの時の気持ちは忘れないでください。あれが普段サポートしてくれているTSやコーチ、プロトレーナーの方々の気持ちです。
確かにラクロスを楽しむことはすごく大事で、自分にベクトルが向くことはすごく自然です。
ただ、チームでやっている以上、いろんな人の思いも背負っているという自覚は持ってください。
一方で、多くの感動も与えられると思います。
実際、法政が勝って、自分たちのことのように喜び(自分たちのことでもあったか笑)、声を枯らしたと思います。
皆んなのプレーひとつで多くの人が救われる、という事実も覚えておいておいてください。
自分がただ楽しければいいわけではない。
色々な人の覚悟を背負い、その責任を持っている。
一橋大学男子ラクロス部という"組織"の中でラクロスをする以上は、少なからず大切にしてほしいマインドセットです。
両親
22年間のスポーツ人生も一旦区切りが着きました。小さい頃から、本当に色々なスポーツを経験させてくれて(やらされてたものもあったけど笑)、その経験は間違いなくラクロスに生きてました。大学では、家を追い出され一人暮らししたり、帰還許可が降りて実家に戻ったり、色々なことがあったけれど、いつも変わらず部活動へのサポートをしていただいていました。本当にありがとう。二人のおかげで、人生で最高に濃い4年間を送れました。まだあと、一年半くらいはお世話になるけど、社会に出たらぼちぼち恩返しします。
優大さん
シーズン初めの方は優大さんの圧倒的社会人感に気圧され、定例ミーティングではビクビクしてました笑。今シーズンは、運営面で大きな問題が生じ、優大さんに大きな負担を強いてしまったと思います。それでも、「みんなが一番ラクロスに集中できる選択をしな」「町田が一番後悔しない道を選べばいい」など、常に背中を押してくれて、非常に心強かったです。1年間、ありがとうございました!
丸尾さん
1年前にHCをお願いしに行ったのがすごく懐かしいです。中々上手くいかないシーズンの中で、丸尾さんは常に前を向いていてくれて、明るくね!といつも声をかけていただき、本当に助かっていました。1年間、一緒に戦ってくれてありがとうございました!
城さん
練習に来てくれたと思ったら、端っこで黙々とシュー練しててびっくりしたことは一回や二回ではありません笑。それでも、日頃から何かあれば相談に乗ってくれたし、よく話すことが多かったなと思います。試合では常に冷静でいてくれて、すごく助かりました。1年間、ありがとうごいました!
本間さん
去年今年と本間さん自身が少し特殊な状況の中で、平日も練習に来てくれてすごく助かっていました。普段はおっとりしている感じなのに、ラクロスに関してはすごく熱くて、練習終わりのお言葉には毎度、ハッとさせられてばかりでした。1年間、ありがとうございました!
大空
君には助けられてばかりです。去年はOF.DFリーダーとして、色々な苦悩を共にしながらも、常にプレーでチームを引っ張る姿を見て本当に尊敬してました。コートに立つと感情全開ですごいアツいのに、コートを出るとめちゃめちゃ冷静で大人だなあと思わされることも多く、人としても尊敬してました、実は。
今年は毎日のように練習に来てくれて、とんでもないコミット量で、いつもよき相談相手でいてくれて、本当に色々とお世話になりました!
神蔵さん・根本さん
お二人にも、2年間すごくお世話になりました。膝に爆弾を抱えながらも、最後までプレーしきれたのは、間違いなくお二人のお陰です。ありがとうございました!結果で恩返しができなかったことがすごく心残りです。
来年以降もサーペンツをよろしくお願いします!
Cコーチ
僕のラクロスの基盤を作ってくれた4人。間違いなく恩師です。みんなが厳しくしてくれたおかげで、僕はあれ以来遅刻してないです笑。決して世には出すことの出来ない練習動画の数々は、楽しくかけがえのない思い出です。河戸さんは遠いのにリーグ戦来すぎで、他3人は近いのに来なさすぎですが、みんなずっと僕たちのことを気にかけててくれて嬉しかったです。本当にお世話になりました!
翼さん
1年の頃は冗談抜きで毎日一緒にいたと思う。おかげで強めの思想を植え付けられ、ラクロスへの愛は死ぬほど深まり、"組織"というものを早くから知ることができました。生意気な俺を当たり前のように受け入れてくれて、色んなことを教えてくれて、本当にありがとう!
かまくん
気づけば練習にいて、いつも雰囲気を明るくしてくれてて、実は結構助かってました。翼さん同様、生意気すぎる僕にラクロスを教えてくれてありがとうございました!
航大(こうた)さん
11番をもらってから3年が経ちますが、航大さんは超えられてないです。最近は何かと会う機会が多く、非常にお世話になってます。
とりあえず練習行きましょう!次の11番も会いたがってます。
23のあなたたち
いつまでも憧れなんだよなあ。俺の中ではずっとかっけえ兄さんたち。もっともっとたくさん奢ってね!
24のきみたち
まるで同期かのように接してくれて、すごく居心地が良かったです。インドアも誘ってくれてありがとう、楽しみです。
カタン
23.24シーズンは毎日のように一緒にいたと思う。練習終わって飯食って、壁行って、鳩行って、こうせいの家に集まってカタンして、マイクラして、気がついたら朝になってて、松屋食べてから帰る。そんな日々を送っていたのが懐かしいです。あまりにも同期かと錯覚するぐらい一緒にいたけど、みんなのが一年先に社会に出るということで、来年はたくさん奢ってください。
直
この一年で本当に見違えるようになったと思う。去年までは絶対に俺にビビってて、何を言っても「はい。」しか言わなかったやつが、練習中にヤジ飛ばしてくるようになったし、意見もぶつけてくれるようになった。ある時に何人かに伝えた、1枚目として振る舞うことが大事、というメッセージを一番体現してくれて、本当に上手くなったよ。直ならやれる。来年はもっとのびのびプレーできるだろうしね笑。期待してるぞ!
啓
実力はあるんだから、もっと楽しそうにラクロスをしなさい。エンジョイラクロスの時の啓が一番うまいよ。啓がキーマンだってことは自分でよく分かってるだろうから、がんばれ!
範英
君はもう少し僕を敬ってください。びっくりだよ、一年で人ってこんなに変わるんだね。大人しくて先輩苦手な感じのやつだと思ってたのに、気づけば呼び捨てにされてて、最後の方なんかお前とか言い始めて。まあそれ自体はいいんだけど、えーすけにはさん付けなのだけはマジで許さない。ラクロスセンスだけはピカイチで多分それしか取り柄ないだろうから、ラクロスだけやってればいいよ。期待したらまた体調崩しちゃうだろうから、期待はしないでおくね笑。
カイルさん
ちっちゃくて生意気ですぐイキっちゃう感じに(服とかクロスとか俺の真似しすぎなこともあって)昔の自分を重ねることがあります。最近は傷心気味なカイルさんですが、ラクロスへの情熱だけは本当にすごくて尊敬してる。「とりあえず壁」って毎日のように誘ってくれて、本当に助かってた、ありがとう。(引退してからも誘ってくるのは意味わからないのでやめてください。)
来年再来年と#11を過去最高に輝かせてください。
Deepな君たち
去年からたくさん応援に来てくれてありがとう。留年率驚異の83%というこの集団が大好きです。間違いなく一生の付き合いになると思うので、これからもよろしく。
大悟
大悟が他大学のブログに登場するのは間違いなく最初で最後でしょう。大悟がいたから頑張れた、とかそういうのは一切ないですが、最後にリーグ戦の舞台で活躍している大悟を見れて良かったです。一緒に遊びたいがために2留もしてくれてありがとう。来年はたくさん遊びましょう。
寧
こんなに長く一緒にいることになるとは思いもしなかったな。寧がいたから浪人しようと思えたし、ラクロスでも寧に負けたくないという気持ちが原動力の一つでした。本当にありがとう。来年は、大悟とみさきと遊びまくろう。
えーすけ
間違いなく4年間で一番長く一緒にいたと思う。出会った頃はあまりにも常識が違いすぎて、ほんとうに同じ人間なのか疑うこともあったけど、一緒にいてくれてすごく助かってました。えーすけを誘うことで、(逆に誘ってくれることで)壁当て、筋トレを継続できたし、鳩でするたわいもない話もすごく楽しかったです。ありがとう。
とりあえず、あと一年頑張ろう。絶対にハシゴは外さないでください。
○最後に
ともひろ
シーズンが始まった今、何を想っていますか。
早速壁にぶつかってますか?
主将は思っているよりも孤独です。
常にチームを考えて、みんなの先頭に立ち、舵を切らなければいけない。
周りに愚痴を吐ける人なんているわけもない。
この先、数え切れないくらい感情が動かされ、神経が擦り減り、投げ出したくなる時が来るかもしれない。
そんな時は連絡をください。
ちょっと背伸びしていい飯でも食べながら、愚痴聞くから。
ともひろは俺が憧れてる人の一人で、かっけえ漢です。(これまじ)
2度の大怪我を直向きな努力で乗り越えた漢です。
その姿をみんなは見てきてるし、だからこそみんなはともひろに着いていくと決めたんだと思う。
ラクロスに対して誰よりもアツく、誰よりも人のことを想えるともひろなら、
きっとどんなことでも乗り越えていけるでしょう。
心配はしてません。
思う存分に最高のチームを作ってください。
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以上で、私のブログは終わりです。
来年以降も、いちOBとしてこのチームに関わり、応援できることを心から嬉しく思います。
思えば、慶應戦が終わってから、来シーズンのことばかり考えてきました。
何を考えるにも、来年に繋げるには、という軸があり、26以降を見据えてました。
自分の代で、という夢は叶わなかったけど、みんなが全学決勝の舞台に連れて行ってくれることを心から楽しみにしています。
プレッシャーをかけるつもりは全くなくて、
25シーズンを僕らと同じ目線で乗り切ってくれた君たちなら本当にやれると信じている。
ただそれだけです。
26サーペンツが輝かしい未来を切り拓き、
5年後10年後には常勝の一橋になっている。
そこに少しでも25サーペンツの存在意義を見出せたら、この上ない幸せです。
そんな意味を込めて、『一新紀元』というタイトルにしました。
次は、アチい漢、木村友宥率いる26サーペンツです。
大所帯な1年生、個性豊かな2年生が勢いを作り、静かながらに闘志を燃やす3年生が引っ張っていく。どんなチームになるのか。
今から楽しみで仕方がありません。
みんなあとはよろしく!!!!

